外国人旅行者の興味を惹く!歴史上の偉人を紹介するコツ
ローカライゼーションインバウンドマーケティング部のジェイリーンです。
私は英語ネイティブライター兼エディターとして、観光庁の多言語解説整備支援事業や、SNSのライティング事業などを担当しています。エクスポート・ジャパンに入社する前にも、カナダの博物館で海外からの観光客を案内したり、大学院では文学作家の太宰治についての修士論文を発表したりと、様々な歴史上の人物を紹介してきました。
今回は、文豪・夏目漱石を例に、歴史上の有名な人物(&関連するもの)を紹介する際に、どうすれば外国人旅行者の興味を惹くのか、5つのコツをお伝えしたいと思います。
①読み手を適切にイメージする (背景知識や文化的ギャップも含めて)
第一に、外国人旅行者は、日本史や日本文学についての知識をほとんど持ってないと考えましょう。
例えば、漱石の生涯や文学について日本人向けに解説を書く場合、明治時代を代表する作家であることに言及すると思います。彼自身の生涯も1867年〜1916年とまさに明治期を生きた人物で、作品にもその時代背景が反映されています。
ですが、大半の外国人は日本史をあまり把握していませんし、明治期の急速な近代化・西洋化という背景知識もほとんどありません。
そのため「単に100年以上前の作家なのね」という程度の理解で終わってしまいかねません。
一般の外国人旅行者向けの文章の場合、伝えたいメッセージを理解してもらうためにより詳しい説明が必要か、それとも大幅に省略してシンプルにするか、どちらが良いかを見極める必要があります。
背景知識の違いだけではなく、文化の違いも念頭に置く必要があります。
欧米でも、作家の記念館が建てられたり生家が保存されたりすることはあります。しかしそのような事例は稀少で、作家ゆかりの地を巡る文化が根付いている日本とは異なります。
そのため、(建物自体に建築的・歴史的価値がある場合は別として)有名作家が住んでいた家というだけでは、外国人旅行者には魅力が伝わりにくいのです。
誘客に繋げるには、歴史や文化の観点から、なぜこの作家が有名なのか、どのような作品を発表したか、その作品はどの程度読まれているかなどの紹介が必要です。
もし、小説が翻訳されて他国で読まれていたり、映画化されて海外でも上映されていたりする場合には、比較的多くの情報を持っている外国人旅行者が多くなります。
例えば、遠藤周作の名前を聞いたことがない外国人旅行者でも、彼の小説を原作としたマーティン・スコセッシ監督の映画『沈黙(原題はSilence)』(2016年)を観たことがある人はそれなりにいると思われます。
このように、フックにできそうなものがある場合は上手く活用しつつ、読み手に合ったアプローチが大切です。
②その人物の功績、貢献を具体的な言葉で伝える
背景知識の差を埋めるには、その人物を紹介する理由が何かを、具体的に伝えることが大切です。漱石の場合は、このような書き方ができます。
Natsume Sōseki (1867–1916) is the famous novelist behind modern Japanese classics such as Bocchan, Kokoro, and I Am a Cat.
夏目漱石 (1867–1916) は、『坊っちゃん』『こころ』『吾輩は猫である』といった近代日本の名作を生み出した有名な小説家である。
(補足:上記の3作品は、英語をはじめ多言語で翻訳されています)
実態に即している必要はありますが、肩書の前に “famous” (有名な) や、 “celebrated” (著名な) といった形容詞を加えると、その人物を知らない外国人旅行者にも、日本で良く知られている重要な人物であることが伝わります。
もし、情報を追加するスペース上の余裕があれば、『こころ』が1950年代以降日本の教科書に載っていることや、漱石の肖像画が2007年まで千円札に載っていたことなど、より興味を惹いたり、どれくらい有名なのかが分かる情報を加えるとよいでしょう。
一方で、歴史上の人物の誰もが漱石ほど有名であるとは限りません。
そのような場合は、その人物の功績や、地域にとってどれほど重要な人物なのか、丁寧に説明しましょう。仮に漱石が有名ではないとしても、素晴らしい学者であり、才能溢れた小説家であり、作家を志す多くの若者を勇気づけた敬愛される教育者であったこと等を伝えることができます。
地域にゆかりのある人物についての、皆さんの想い・愛情を、具体的な情報とともに是非文章にしてみてください。
③「イメージづくり」に力を入れる
紹介する人物について、シンプルで強いイメージを読者に持たせることを意識しましょう。
歴史上の人物の説明には、様々な数字・年代情報や、その人物の魅力に直接的には関連のない情報が数多く盛り込まれていることがあります。
そのような情報の羅列は、外国人旅行者にとって理解が困難であるだけでなく、面白みに欠け、記憶に残らずに終わってしまいます。
また、日本人なら誰でも知っているような人物の場合は残した功績が多く、その生涯には様々なドラマがあるものですが、そのような人物についての解説・紹介を書く際は注意が必要です。
よく知っていればいるほど、膨大な量の伝えなければいけない情報が多々あるように錯覚させられてしまいます。そのような認識で作られた文章は冗長で情報量が多くなりすぎ、外国人旅行者が読んでもその人物についてのシンプルで明快なイメージを持ちづらくなってしまいます。
例えば、漱石の生涯について説明したい場合、主だったポイントだけ拾っても以下の通り沢山の情報があります。
漱石の家庭環境、子ども時代、勤勉な学生時代、英語の才能、英語教師時代、英国留学、神経衰弱、作家としてのデビュー・成功、教職を辞し職業作家となったこと、木曜会の発足、他の作家への影響、博士号辞退、健康問題、そしてその生涯の終わり。
漱石について全く知らない外国人旅行者にとって、一度に理解するには相当な情報量だと思いませんか?
例えば、英国で神経衰弱を患ったことを最初に伝え、その後に教職を辞してリスクの高い職業作家となったことや博士号辞退について言及するとします。
すると、初めてその情報に触れる読者にとっては、精神的にもろい一面と、強靭な精神力を持つ一面と、二つの真逆のイメージが湧いてしまいます。
もちろん、実際には誰しも、このような相反する性質を持ち合わせているものだと思いますが、何も知らない海外からの旅行者に短時間でその偉人を理解してもらう場合には、混乱を生じさせる可能性が高くなってしまいます。
漱石について紹介する場合であれば、次の2つのイメージ像で伝えられるのではないでしょうか?
- 神経衰弱や病気を患った影響もあって、彼の作品では近代社会における孤独、欲望、葛藤、そして疎外感を抱く人間心理が描かれている。
- 社会的地位を捨て専業小説家となって成功し、後世の作家たちにも大きな影響を与えた
もしイメージ像1で伝えるのであれば、英国留学とそこでの生活、患った神経衰弱から立ち直るために知人が小説を書くことを勧めたこと、彼の苦闘が作品にどう表れているか、精神的負荷が健康へどう影響したか、などの説明をすることができます。
そうすると、苦しい経験を小説という形で表現した漱石のイメージ像が明確に浮かびます。
これが何も知らなかった外国人にとって、漱石についてのシンプルで強いイメージとなります。
一方で、その人物についてシンプルで強いイメージ像を抱かせることに成功したのであれば、今度はより複雑で相反するような実像についても伝えることが容易になります。
例えば、イメージ像1の場合、関連するストーリーに焦点を当て、苦難な人生を歩んできた漱石像を持たせた上で、最後に彼の人生やキャリアは悲観的なものばかりではなく、成功し後世への貢献もあったことにも言及すると、よりインパクトが出ます。
④ 印象的、共感できるエピソードを取り上げる
印象的なエピソードや、共感を呼びやすいストーリーを伝えることは、大変有効です。
例えば、糖尿病や胃潰瘍を患う漱石のために家族がせっかく隠していたにも関わらず、好物の羊羹を探して食べてしまう漱石のエピソード。
とても人間味があり、身近に感じると思いませんか?
また、この話は問題を抱えながらも小説家として成功したイメージ像1に結びつき、そのイメージを強化してくれます。
前章のイメージ像2に関連するエピソードの場合、彼が教職を辞し職業作家になったことに言及できます。他にも、博士号辞退(当時は相当な驚きをもって受け止められた)についてや、木曜会に若い文学者が集まり多くの著名な作家が生まれたことなども挙げられます。これらのエピソードにより、漱石の反権威主義、先駆者としての成功や、文学界への貢献といったイメージがより鮮やかなものとなることでしょう。
「漱石ってかっこいい。彼は世論に流されず文学的成功も収めた。漱石が尊敬されているのも納得だ。」
そんなイメージを強く持ち帰ってもらえれば成功です。
人物の一面だけの印象しか持ってもらえない場合でも、それが強いイメージ像で関心を持ってもらうことさえできれば、更に深く知ろうとしたり、関連する場所に行こうとしたりする動機付けにもなります。
私もそのようにして、太宰治について関心を抱きました。
最初は「鬱々とした作家で、苦悩の多い生涯を送った」という強いイメージ像を持っていましたが、関心を持ち深く知ろうとした結果、太宰の多様な魅力を知ることができました。(私の場合は、修士論文に書いたほどです 笑)
⑤人間性(歴史人物と関連するものについて書く時)
①~④では、主に人物の紹介に焦点を当てました。ところで、その人物と関係のある物、例えば手紙や愛用品、建物などは、どのように紹介すれば外国人旅行者の関心を呼ぶでしょうか?
一つの答えは、人間性に焦点を当てることです。
以下に実例を挙げます。
原文A:(歴史人物)が出張先の東京から静岡にいる家族に送った手紙(○○○○年○○月○○日)。(歴史人物)は身の回りの状況を家族に知らせている。
原文B:(歴史人物)の母(名前)の墓石から文字を写し取った紙(○○○○年○○月)。(名前)だけでなく、(歴史人物)の父(名前)の来歴も記されている。
Aの解説もBの解説も、展示物が何かを説明するには十分な情報ですが、 その人物の人間性はあまり感じられません。
知識を多く持たない外国人旅行者にとっては、ただ事実だけを述べられたところで興味を覚えにくいものです。
それではどのようにしたら興味を抱いてもらえるでしょうか?
例えば、実際の手紙や写し紙の内容を翻訳するという手もありますし、下記のような補足説明を加え読み手にアピールすることもできます。
原文A:手紙の内容からの引用「春になれば政府からお暇を許され、帰省できるだろう」
原文B:「撰文は(歴史人物)で、大義之正を教えてくれた母への感謝を記している」
家族を懐かしむ姿(原文A)と、母に感謝する姿(原文B)を解説文に含めば、歴史人物の人間性や家族への想いを感じることができ、読み手がその人物に共感したり、親近感を抱いたりするのではないでしょうか?
もう一つ、事例をあげたいと思います。
太宰治記念館「斜陽館」の、太宰著『津軽』についての解説文です。
記念館の洋間に展示されている看板に書いてあるのは、中学時代の太宰がソファーに寝そべって、サイダーをがぶ飲みしたという内容でした。
この解説文を通して、展示物のソファは、ただの家具から、青春時代の太宰を思い描かせてくれ、その時代のサイダーがハイカラだったことを教えてくれるものに生まれ変わりました。ご自身の青春時代を思い出す人もいるかもしれません。
その時代の生活を思わせる内容や、時代が違っても普遍的な感情や想い。
この2つは、背景知識や文化が異なる外国人旅行者にとっても興味があることです。
この2つの要素を分かりやすく伝えられれば、読み手の共感や関心を得ることができ、来訪者がその歴史的な人物を知らなくとも、展示物を楽しく鑑賞できるようになるのではないでしょうか。
以上、歴史上の人物紹介、関連する展示物紹介でのポイント5つをお伝えしました。
皆さんの地域にゆかりのある歴史上の人物について、訪日外国人の皆さんにも、その魅力が今以上に伝わることを願っています。
エクスポート・ジャパンでは、ライティング経験豊富なネイティブスタッフが多数在籍しています。
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